2004年のリポートから第二段。ピエール・レスタニとの出会いとその宇宙観。

宇宙観と文化-円環の世界

リポート2004(P.58)、No.2


南仏モン・ド・マルサンの川沿いに大きく蛇行した全長130mの切り株と土のインスタレーションを見た批評家ピエール・レスタニは、インスタレーションについて「ランド・アートの強烈さ」と言った。
「ランド・アートとは、なんと古いムーヴメントの引用だろう」、とそのとき思ったのは相当の早計であったことを認めなければならない。というのもそれから数年後、フランスにおいて自然環境にかかわるアートが見直され始め、ランド・アートと呼ばれるようになったからである。

ピエール・レスタニという人の聡明さは、その芸術世界観の深奥が言葉の端々にみえることだろう。

彼の頭の中には、過去の一切から今日までの様ざまなアートの形態が互いの関係と引力を持って、あたかも幾多の銀河系が散りばめられた広大な宇宙空間のように厳然と広がっている。銀河系をなす星の群れはアーティストの群れだろう。新しいアートの爆発は、その宇宙の先に生成を誘発するビッグバンなのか。あるいは、すでに存在する銀河系内部で起きる爆発が新たな次元を作ってしまうのかもしれない。

「現在」という時間の方向へあちこちで爆発するビッグバンはあれど、すでに存在している銀河系やそれらを抱合する宇宙が損なわれることはない。過去の関係は崩しようがなく、過去は未来へ向けて常に影響を及ぼす。形成された宇宙は新たな銀河系が加わることによって常に広がっていく、いわば膨張する宇宙観からものを見る人物だと私は思う。

レスタニ氏のこうした宇宙的な世界観とは対称的に、新しい芸術運動が絶えず古いものに取って代わる新陳代謝ばかりが芸術世界のありようだと信じる人間が大勢いる。この世界では、古くなったものは過去の暗闇の中に放り込まれて見えなくなり、新しいものだけが地球の表面を覆う平たい次元の世界を形成している。

次世代へ向けて新しい製品、新しいテクノロジーを生み出し続けてこなければならなかった産業中心社会では、古いものは切って捨てられる運命にある。アナログからデジタルへの移行で見たように、材料もシステムもテクノロジーもまったく異質のものが取って代われば、前世代の製品は製造中止となり忘れられていく。そんな構造の中においては、過去のものから今日に有用な生産哲学を抽出しようなどという態度は決して生まれてはこない。

新しいものだけが地球の表面を覆わなければならないという強迫観念は、産業革命の禍根だろう。芸術世界の創造者が恩恵に浴したいインスピレーションの世界がそんな平らな次元にしかないとすれば、何という貧困だろう。

創造者が世界のキワのかみそりの刃のように薄いところに立っていても、その背景を支えるのは無限の宇宙である。絵画は死んだといわれて数十年もたつが、絵を描く若者は世界中に生まれて現代の感覚の絵を描き続けている。パブリック・アートは現代アートの感性と相反するといわれたこともあったが、環境と融合することで現代人との共存に意味を見出す新しいアートを出現させてもいる。ひとつの見解がこの平らな世界を席捲するほどの威力があったにせよ、宇宙の中ではひとつの点に過ぎない。いかに大勢を占めていてもそうした宇宙の点にとらわれる必要は微塵も無く、芸術家の表現主題の選択肢は次元と時間を越えて無限にあるはずなのだ。

フランスに同じ年に来た声楽のT氏が、「ラジオを聞いているとこの国はロックもクラシックもおんなじ番組から立て続けに流れてくる」といって驚いていた。時代によってまた種によって世界は分断されはしない。新しく取り込まれたものが次々にすでに存在したものと等しく扱われる世界は、ヨーロッパの一枚岩の文化のありように違いない。

ロンドンのテート・モダンがオープンしたときにその展示に驚いたのは私だけではあるまい。印象派のクロード・モネの最晩年の作品がアメリカの第二次大戦直後の抽象表現主義のジャクソン・ポロックやジョアン・ミッチェルやマーク・ロスコと同じ部屋に掲げられていたからである。

1916年に描かれた半抽象のモネのこの絵は1940年ころまで評価されずにいたらしい。ここでは、アメリカで戦後活躍した抽象表現主義に見るオール・オーバーな画面の元祖的要素をこの絵に見ることができるとした、純粋に美術的観点からの二つのものの接近であった。こうしてモネの一点の絵によって、30年という時間とフランスとアメリカという国境を越えたアプローチをロンドンに見た。

10年後の今日のフランスでは、オルセー美術館やルーブル美術館などが展示政策の改革をこころみ、意識的に時代区分を崩して現代美術を導入し、過去のビジョンと現代美術を対話させる展示も試みられ始めている。過去が現代を生み、現代が過去を生かす。芸術のダイナミズムは現代と過去へ大きく時間の軸を幾度も振幅しながら新たな方向性を孕んだものを生み出す力を垣間見せもする。こうしたことは、過去を顧みない世界では不可能なことばかりではあるまいか。

ピエール・レスタニ、アートのアルケミスト表紙から、アンリ・ペリエ著

ピエール・レスタニの膨張する芸術宇宙観は、こうして見渡してみると欧州世界の宇宙観であったといっていいだろう。そんなことを思いつつアメリカにおいて、首都ワシントンD.C.が国の文化の小宇宙を体現するかような構造をしていたのには少なからぬ驚きを覚えた。合衆国議会議事堂のキャピトールからワシントン・モニュメントと称するオベリスクまでのあいだに作られたアメリカ合衆国が管理するスミソニアン・インスティチューションを中心とする美術館博物館および国立資料館の群れには、古いものでは自然史博物館に収蔵された2億万年前の化石化した木から宇宙博物館のスペースシャトル、あるいは国立ギャラリーの現代アートにいたるまでがあり、まっすぐ一望できる空間のなかでアメリカの歴史の隅々を歩いてみて回ることになるのである。

隣り合ったミュージアムを拝観しつつ近づいて行く白亜の議事堂よりも少し前の、宇宙博物館寄りであったかもしれない。インディペンデンス・アヴェニューでひとつの道標に出会った。ミュージアムやモニュメントの一つ一つを惑星にたとえて地図にした太陽系の図式であった。この道標の言わんとするところは、まさに国の歴史と実績を集積したワシントンを、国を概念する宇宙として再現していたのではないか。

調べてみればワシントンを首都とする際にジョージ・ワシントンに指名された最初の建築家はゴブラン生まれのフランス人ピエール=シャルル・ランファンであったというから、やはりヨーロッパの目が都市計画の下敷きになっていた事実にいきあたった。欧米と一括りにする言い方へ今一度疑問を投げかけ、その違いに迫ろうとしてきたアメリカで、彼らの宇宙観においてフランスとアメリカがひとつの円環になって過去に閉じた。遡れば同じ欧州から来た移民であるというだけでなく、共通の宇宙観が生きているここに一枚岩の文化といわれるものの本質があるのかもしれない。

ジオポリティックスという言葉がある。ジオグラフィー(地理)とポリティックス(政治学)が結びついた言葉で、地政学とも言い、もとは「地理的な環境が国家に与える政治的、軍事的、経済的な影響を巨視的に研究するもの」であったらしい。大雑把ながら歴史、政治、地理、経済、軍事、文化、宗教、哲学などの広範にわたる知識をもって一個の国の形状を分析し国際的な視点で国力を把握しようとするものだという。ワシントンの小宇宙はできる限りの文化の広範な知識を一箇所に凝縮し、ホワイト・ハウス大統領官邸の足元に広げた形ともいえるだろう。

さらにいえばパリは、セーヌ川に沿った約6kmという距離のあいだに、ざっと数え上げただけで15以上のミュージアムがひしめき合い、それら巨大なミュージアムの隙間を縫うように国民議会、大統領官邸、すべての省官庁や主要な外国大使館があり、裁判所、中央警察、証券取引場、そうしてソルボンヌやエコール・デ・ボザールなどの大学、ノートル・ダム寺院など、政治、司法、外交、内務、経済、教育そして宗教が、ミュージアムが収蔵する巨大な文化財産に包まれるようにして存在している。

一箇所に固められた膨大な文化財産は整備されて国の政治の隣にある。彼らが築き上げた文化と政治の緊密な地理関係を無視することができようか。彼らの地政学を考えることなしに、フランスもアメリカも理解をしたことにはならないのではないか。

(S.H.)

系統樹・死 インスタレーション1997、モンドマルサン Shigeko Hirakawa

モンドマルサンの作品資料ページへ:

http://www.shigeko-hirakawa.com/NewSite/Nature_2_J.html

http://www.shigeko-hirakawa.com/NewSite/Nature_3_J.html


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