法成立51年、フランスの女性解放のプレリュード
1965年、女性の経済自立を許す法律が成立 女性解放の端緒をきったといわれる経済的解放は、1965年7月13日に起きた。 自由を謳歌する今となってはまったく想像もつかないが、51年前のフランスの既婚の女性には、まだナポレオン法典が定義する民法が部分的に生きていて、自分の配偶者の許可なしに働いたり銀行の口座からお金を引き出すことはできなかったのである。 ナポレオン一世が1804年に成立させた「ナポレオン法典」は、男性支配を強調し、既婚女性にあらゆる法的制約を課していた。 〈既婚女性の権利を奪っていたナポレオン法典とは〉
アクチュアリティ
[「みんなに結婚の自由を」法案、今日可決] 10日間のマラソン協議、および協議に向けての仕度などを含めると総計15日間にわたる調査の末に成立した「みんなに結婚の自由を」法案は今日2月12日、国民議会投票で過半数を取り、可決した。賛成329票、反対229票。社会党政権下のクリスチアーヌ・トビラ法務大臣が政府の姿勢を貫いて多数の反対派を論破し、勝利を招いたかたちだ。法案の通過に国会議員全員総立ちで拍手が沸きあがった。4月2日に上院で検討される予定。(フランス3TV)…
アクチュアリティ、DSK
元国際通貨基金代表ドミニク・ストロス=カン自宅監禁解除 - 2011年7月1日、17時30分、ニューヨーク裁判所がドミニク・ストロス=カンの自宅監禁を解除した。理由は、検事側の控訴の基盤となっていた被害者の証言に大きな疑いが生じたため。被害者は、ドミニク・ストロス=カンに襲われたあと一時間ほど物置に隠れていたと証言していたが、実際はドミニク・ストロス=カンの部屋を出た後、隣室を掃除していたことや、ドミニク・ストロス=カンの逮捕直後に、この事件で大枚の金を引き出すことができるなどと友人に電話で話していたことなどが判明したことから、被害者が裁判所に対して虚偽の証言をしたとして、検事側が弁護側の申し立てを受け入れたことによる。これによってドミニク・ストロス=カンは自由の身となったが、被害者の証言が揺らいだにしても、物的証拠の存在などから裁判所は罪状の追求を継続する旨を明らかにした。 パスポートを没収されてニューヨークから出られないが、「ドミニク・ストロス=カン、自由に」の知らせは世界中を駆け巡った。殊にフランスでは、2012年の大統領選挙に向けて、社会党の立候補者を決める次期が目前に迫っており、この事件で汚泥にまみれたにもかかわらず支持率の高いドミニク・ストロス=カンが自由の身になったことで、立候補者選出はこれから一転二転することが予想される。(フランス2TV)