環境はそこで生きていく個人に大きく影響する問題であるが、一方で、国レベル、世界レベルで考え作り出す世界観の問題でもある。

アンドレ・マルローが戦後初の文化大臣として任命される前後、「芸術は国民の環境である」から「より一層国民の生活に浸透するように芸術を国民の身近なものにしていかなければならない」としたことから、文化省の役割がこと細かくほぐし出され、かつそれ以後の文化省の大題目には「芸術を国民に最大限近づける」ことが筆頭にあげられるようになったいきさつがある(このあたりの詳しいことは次回に言及できればと思う)。戦後初の文化省は結局たいした予算が付かずたいした実現もできないのであるが、政府として「芸術は国民の環境」であると定義に及んで文化を議題にしたことがその後の文化省の発展の大きな布石となった。マルローの文化、とくに現代文化論は、その後の文化省の「聖書」的な役割までして、現代のフランス文化が形成され続けたといって過言ではないのである。

マルローの大臣就任から54年目の今日、政治環境、経済環境の変遷と紆余曲折の中で、現社会党政府は「リベラル社会主義」などという概念を打ち出して限りなく資本主義に接近しつつあり、1980年初頭の社会党政府が建てた「文化のために闘う」文化省からすでに2代、3代と代替わりして新しい世代には闘う姿勢は見られなくなり、政治的にも総合化などという名のもとに縮小が行われて存在が削がれ、エキスパートが更迭されて文化省は相当様変わりした。

巷(アート・マーケットや流行)では長い間「Nullité de l’art」などと批評家が形容するほど、意味のなさ、その場限り、あるいは悪劣さを売り物にするアートが充満し続けて、筆者はとうとうパリの画廊めぐりをすっかり止めてしまったほどだった。なにもこうしたアートが存在したり流行したりすることに反対するわけではない。10年も20年も同じ程度のアートを選び続けるキュレーションやアート・マーケットの執拗な押し付けに我慢がならなくなったというほうが正しい。発見も思考の転換もできない押し付けのアートからは、市民の足も遠のいて当たり前のような気がする。現代アートに市民が近づきにくくなり文化が再び市民から遠のく、という構図が見え隠れする。市民の立場に身をおいて感じざるを得ない現代アートの否定的な現実が残念ながらここにあるような気がしてならない。

こうした巷の様子とは裏腹に、私は、市民の「本来の環境」として現代アートが甦るシチュエーションを作り出せないか、という強い想いを根底に持ち続けている。

幸い現在、公共団体が行う企画のなかで、市民の血税の市民への還元と市民の想像力喚起をベースに、プロジェクトを構想する機会を与えられている。作品を環境にする、という想いを少しずつでも実現できれば、嬉しい。(Shigeko Hirakawa)