フランスから―環境とアートのブログ

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フランス文化のきのう、きょう
財団の現代アートスペース、増加傾向

財団の現代アートスペース、増加傾向

フランスの企業財団によるアート・スペース
2018年度フランス文化省予算編成、斜め読み

2018年度フランス文化省予算編成、斜め読み

【2018年度、総文化予算、100億ユーロ】 現在の文化省構成 2018年度フランス文化省予算へ言及する前に、現在の文化省の構成に触れておく必要がある。2010年文化省は、それまで専門分野を司っていた10の管理局を大まかな4つの局に取りまとた省変革をしたが、マクロン政権下のフランソワーズ・ニセン文化相の文化省はこれを踏襲するものだ。
レジデンス・ミッションに思う

レジデンス・ミッションに思う

流用されるアーティスト・イン・レジデンス、代用教員化していくアーティスト アーティスト・イン・レジデンスがプロジェクトを構想したり実現したりするアーティストとそのクリエートのためのツールだったのは、過去のことになったのだろうか。現代文化政策の中にすべりこんできた聞きなれない「レジデンス・ミッション」という言葉が、ここ数年でフランス中に定着してしまったのは、昨今の大勢とはいえ不本意な話である。

CNAP、2020年をめどに引っ越し

収蔵作品10万点とオフィスをパンタンへ集約 仏国立造形芸術センターCNAPは2017年1月24日(火曜日)、2020年をめどにセーヌ・サン・ドニ県パンタン市(パリ隣県)の新しい建物に10万点の収蔵作品とオフィスを移動して集約させることを明らかにした。 現在CNAPは、約30,000作品(絵画、素描、版画、彫刻など)をデファンスの4 500 m2の倉庫に、またサン・トゥアン・ローモヌ(バルドワーズ)の約19 000m2の倉庫などの数箇所に他の作品群を分散させて収蔵しているが、CNAPのディレクター、イヴ・ロベールは「1箇所に集めることで効率的に役割を果たしたい」とル・モンドに述べた。
アンドレ・マルロー 2

アンドレ・マルロー 2

1952年、美術批評家でありジャーナリストのフランク・エルガーがアンドレ・マルローにインタビューをし、マルローの口から早くも国の文化指導の立場にあるべき人間の資質を浮き彫りにした貴重な文面。
法成立51年、フランスの女性解放のプレリュード

法成立51年、フランスの女性解放のプレリュード

1965年、女性の経済自立を許す法律が成立 女性解放の端緒をきったといわれる経済的解放は、1965年7月13日に起きた。 自由を謳歌する今となってはまったく想像もつかないが、51年前のフランスの既婚の女性には、まだナポレオン法典が定義する民法が部分的に生きていて、自分の配偶者の許可なしに働いたり銀行の口座からお金を引き出すことはできなかったのである。 ナポレオン一世が1804年に成立させた「ナポレオン法典」は、男性支配を強調し、既婚女性にあらゆる法的制約を課していた。 〈既婚女性の権利を奪っていたナポレオン法典とは〉
リポート2004、No.2「ピエール・レスタニとワシントンD.C.」

リポート2004、No.2「ピエール・レスタニとワシントンD.C.」

2004年のリポートから第二段。ピエール・レスタニとの出会いとその宇宙観。 宇宙観と文化-円環の世界 リポート2004(P.58)、No.2
アンドレ・マルロー、文化省発足前夜 1

アンドレ・マルロー、文化省発足前夜 1

時間が経過しても、見直す意義のあると思える文章がいくつかある。これは、2002年、アンドレ・マルローの生誕100年を記念した年に、『ふらんす』(白水社出版月刊誌)に掲載した拙文。戦後初めての文化省設立に英知を注いだアンドレ・マルローの資料周辺を翻訳し、掲載用に短く取りまとめたものである。(Tag:アンドレ・マルロー、で記事検索) ------- 現代文化と政治、その関係の始まり <文化大臣、アンドレ・マルロー生誕百年に寄せて>…
カランボラージュ展とレヴィ・ストロース

カランボラージュ展とレヴィ・ストロース

カランボラージュ展 Carambolages 2016年7月4日まで、グランパレで。 ジャン=ユーベール・マルタンの企画による展覧会「Carambolages」展が現在グランパレ国立ギャラリーで開催されている。「ゲームのルールは、自分の目だけに頼って展覧会を見ること」という企画者の但し書きから始まる展覧会は、紀元前エトルリア彫刻からヴィム・デルヴォワなどの現代アートまで185点を集めたものだ。 ほかの通常の展覧会が見せるような、時系列的な並べ方やメッセージ性、意味や物語をつくりあげる図像学、あるいは地域や異文化などのカテゴリーでくくるといったスタンダードな美術展のありように背を向け、旧来の知識や批評から離れて、ここでは目で受け止めるものを確認しょうではないか…

リポート2004、No.1「グローバリゼーション、歴史の縦糸と横糸」

2003年、ちょうどフランスで作家活動をし始めてから20年目。よその国の文化の中で制作をし活動をするたびに露になる問題を、自分なりにバイカルチャー(二重文化)と呼んで浮き彫りにし、欧州大陸を出てもうひとつの大陸アメリカでこの問題を洗いなおそうと試みたことがあった。日本人がヨーロッパからアメリカ文化を見るという稀ながらもほんのナノサイズの視点の文章だが、その中に引き合いに出したキーワードとの接触は13年後の今も少なからず続いている。現在グランパレ国立ギャラリーで行われているジャン=ユーベール・マルタン企画の「カランボラージュ」展で思い起こすくだりを、2003年の研修直後のリポートから引用してみることにした。 ----- [平川滋子、リポート2004、P47-] 文化のグローバリゼーション、二つの観方…
フランス人が好きなモニュメント、9月20日一位決定

フランス人が好きなモニュメント、9月20日一位決定

フランス2TV企画、「フランス人が好きなモニュメント  LE MONUMENT PRÉFÉRÉ DES FRANÇAIS」は9月20日土曜日、ヨーロッパ遺産の日に全国投票の結果発表の日を迎えた。なんと、22地域の代表のなかから一位になったのはブルカンブレス市のブル王立僧院!!!ベルサイユ宮殿、ルーブル、あるいはロワール川の中世の城、サンマロー、ストラスブールやルーアンの大聖堂などの幾多の著名な建造物を下し、「フランス人の好きなモニュメント2014」のトップに輝いた。 少し前、ローヌ・アルプの人気投票で地域のトップになって嬉しい、というブログを書いたばかり。ブル王立僧院は現在、僧院の機能はまったくなく、「ブル美術館」として美術館機能が主となっている。そのキュレーターが、ブル王立僧院で撮ったフランス2TVのこの番組の司会者のスナップをFBにアップしていたのが気になっていたが、どうやらこれは一等賞になった授賞式を撮影中のものだったらしい。ブルカンブレスの市長が記念品を受け取って、お祝いの風船を飛ばした。今夜は、ブル王立僧院での中庭で、2時間15分にわたるフランス2TV番組「フランス人が好きなモニュメント」の最終回を大型スクリーンでリアルタイムで上映した。もちろん今日は、ヨーロッパ遺産の日。ブル王立僧院も番組の終わるつい先ほどの夜11時過ぎまで開館。王立僧院は来館者とこうして放送を見て受賞を祝ったようである。

ヨーロッパ遺産の日、9月20日、21日

  ヨーロッパ遺産の日、Journées européennes du patrimoine 今年は9月20日、21日、今週末! 一年に一度ヨーロッパの国々が行う「ヨーロッパ遺産の日(英語:European Heritage Days)」は、1991年、ヨーロッパ評議会によって制定されたイベント。ヨーロッパ連合によってサポートされており、大本はフランス文化省が1984年、「歴史建造物の門を開く日」をつくり普段見られない歴史建造物を一般公開したのがモデルとなっている。 今日、ヨーロッパ諸国約50カ国が参加するヨーロッパ遺産の日は、8月の終わりから11月初頭にかけて開催され、建造物の特別公開が行われると同時に美術館博物館が無料となる。
フランス人が好きなモニュメント、ビデオ150分 NO.4

フランス人が好きなモニュメント、ビデオ150分 NO.4

フランスをディスカバーしたい人たちには必見のフランス2TV企画、「フランス人が好きなモニュメント」。シャンパーニュ・アルデンヌ、ペイ・ド・ラ・ロワール、プロヴァンス・アルプ・コート・ダジュール、コルシカ。9月20日にフランス2TVで最終投票発表。

パンテオンにもパリテ、そしてアーティストも?

[フランソワ・オーランド大統領は2月21日、パンテオンに4人のフランスの功労者を埋葬することを発表した。4人は、第二次世界大戦時に活躍したレジスタントで、女性二人、男性二人と、ここにもパリテが尊重されている(フランス2TV談話)]: 2014年5月にパンテオンへ遺骨が移される4人は、ジェルメーヌ・ティヨン(Germaine Tillion)、ジュヌヴィエーヴ・ドゴール=アントニオズ(Geneviève de Gaulle-Anthonioz)、ピエール・ブロソレット(Pierre Brossolette)、ジャン・ゼイ(Jean Zay)だ。 女性二人について、ジュヌヴィエーヴ・ドゴール=アントニオズ(1920-2002)は、ドゴール大統領の姪にあたり、民俗学者ジェルメーヌ・ティヨン(1907-2008)のようにラーヴェンズブルグに強制連行されたが、ナチに反抗してレジスタンスとなり、後にアルジェリアのために立ち上がり政治活動を行った。