新たなプロジェクトに向けて

あるテーマについて、2018年4月から9月にかけて、フランス、ドイツ、アメリカ、イギリス、日本など保有国のルポルタージュを中心に、密度の高いドキュメンタリー映像を 59本を視聴した。歴史と科学に触れ、事実に迫り、視野を広げなければならなかった。何よりもそれはまた、これを一つのプロジェクトとして立ち上げる際の、作品世界の「立ち位置を決定する」唯一の導線だったのである。

そのテーマとは、「原子力」。中性子一つをウラニウム238にぶつけてウラニウム235に変容させることに成功した時代から、今日に至る核の歴史。無辜の科学者の発見に始まり、戦争の中で劇的な変貌をして核爆弾が生み出され、東西冷戦中は最大の抑止力として核弾頭が大量に生産された。同時に原子力発電が先進国を席巻したのは周知のとおり。ヨーロッパ語はニュークリアという言葉一つであるが、日本は、戦争兵器には「核」、発電のような平和利用には「原子力」という二つの言葉を生み出して器用に使い分けた。裏の「核」と表の「原子力」は、もともと一つのものである。

言うまでもなく、われわれの日常生活には必須のエネルギー(電気)。エジソンが電気で「光」を作ってまだ150年。核がエネルギーとして利用されるようになって60年。調査では、平均して12年ごとに原子力発電所の最悪の過酷事故が起きているという。原子炉が核爆発を起こしたチェルノブイリはヨーロッパ中を汚染した。福島第一原子力発電所の事故処理は到底終わらない。世界の原子力発電所がどんどん老朽化して、これから先の対策を考えなければならない矢先の1F事故は、世界を震撼とさせ、いたるところへ影響を及ぼした。

原子力発電がその最盛期を過ぎようとしていることを世界の専門家たちがはっきりと明らかにし始めたのも、この1F事故をきっかけとしているといえるだろう 。まだ年月がかかるとしても原子力発電がいずれ終焉を迎えるとすれば、はたして、そこですべてが終わるのだろうか。

21世紀は、避けられない原子力発電所の解体の世紀である。人類はこれから、世界中の原子力発電所が残すものを管理していかなければならない。この点において、原子力は、反対か賛成か、右か左かという選択問題を超越し、人類全体が負っていかなければならない責任として直面すべきものへと姿を変えた、ということができると思う。

原発が残したものとは、「核廃棄物」である。その量は? その危険度は? 危険を防ぐ技術は? 将来の見通しは? 核融合・核分裂の後も途方もない長い年月のあいだ「変容」を続け、放射能を出し続ける猛毒の処理は、おおもとの核の科学へ立ち戻って考証する必要がある。核の知識はこれから先も失われてはならないし、危険を防ぐ技術開発は続行されていかなければならない。「核の研究は続けられなければならない」という未来への道筋は、プロジェクトを考える上の思想の基礎に根付いた。

【重要参考資料】

閲覧したドキュメンタリー映像のリストと説明:https://shigeko-hirakawa.org/blog/?p=13945
ドキュメンタリー映像の補助として検索したリンク集:https://shigeko-hirakawa.org/blog/?p=14023

アートプロジェクト「10万年の迷路」

〈前置きのキー概念〉

・2021年は、福島第一原発事故から10年目の節目。

・「高濃度核廃棄物が、天然ウラン並みの放射能になるまでかかる年数は10万年(経産省)」

プルトニウムは1940年、カリフォルニア大学で人間の手によって生まれた。太陽系のウラニュス(天王星)とネプチューン(海王星)の後にあるプルトン(冥王星)から名付けられたもので、惑星のプルトンが冥王と訳されるように、神話の世界のプルトンは冥界(死者の世界)の王である。
原子力発電は、自然界のウラニウムを燃料としながら、それが稼働することによってプルトニウムのように、天然のそれよりずっと高濃度の放射性物質を作り続けてきた。核分裂を終えた燃料は、したがって地球に存在しなかった高濃度の放射性核廃棄物となり、日本中、そして世界中の原発の冷却プールにストックされている。

使用済み核燃料の保管が「10万年」という数字から、プロジェクトを、『10万年の迷路』と命名した。実際には、原子力発電で様々な放射性物質が生み出され、10万年どころか100万年以上が必要という科学者もいるが、人間の生命のサイクルをはるかに超越した数字であることは間違いない。

・ 責任のありか。「現世代の責任は現世代が取る(公の建前)」

〈原子力発電を利用してきた現世代が、最終処分に向けた取組を具体的に進めていくことが必要であるが、他方で、最終処分ありきで進めることに対する社会的支持が十分でないことも踏まえなければならない。高レベル放射性廃棄物の安全で確実な処分は、原子力の便益を享受する国にとっての責務であり、「発生した国において処分されるべき」であることは、「使用済燃料管理及び放射性廃棄物管理の安全に関する条約」において約束されている原則(我が国は2003年11月に批准)である。その対処方法として、我が国では、諸外国同様、地層処分による最終処分を目指すこととしているが、「最終処分」とは、廃棄物の安全性及びセキュリティを確保するために、能動的な管理(社会による継続的な監視、資源の投入)に頼る必要がない状態に処分すること・・〉(平成25年、エネルギー庁の議事録から引用)

 

【作品コンセプトの紹介】

いくつかのインスタレーションをつないでプロットを構成し、その総合から一つの世界が浮上するよう志向する。

  1. 10万年の日時計(「無限」を測る、建物を利用した野外インスタレーション)
  2. 赤のインスタレーション(自然エネルギーに言及する)
  3. クロス・ワード・パズル「白と黒」の部屋(「黒く塗られた文書」、「クロス・ワード・パズル」、「迷路」)
  4. クロス・ワード・パズルの答えの部屋(逆さの世界)
  5. 青のインスタレーション(「プルシャン・ブルー」。放射能除染と治癒)
  6. 迷路(野外)

 

 10万年の日時計

「永遠」を測る日時計。 現世代が対峙する10万年という数字についての考察。10万年前に日本は存在したか。10万年後に人間は存在するか。

コンセプト:

日時計の影の正午の点をつなぎ合わせると、∞(無限)の形になる。垂直壁面と水平地面に取り付けた日時計が作る二つの「無限 ∞ 」が一点で接するように配置する。正確な計算を下敷きに、作品の材料や形の選択や大きさは比較的自在に可変である。

Copyright Shigeko Hirakawa 平川滋子アートプロジェクト「10万年の迷路」2020

10万年の日時計、マケット Copyright Shigeko Hirakawa

Copyright Shigeko Hirakawa 平川滋子アートプロジェクト「10万年の迷路」2020

10万年の日時計、マケットのバリエーション

 

赤のインスタレーション

発電のための太陽エネルギーへの人間のアプローチは新しい。一方で、地球上に出現したときから、植物は太陽エネルギーで自分の養分を自分で作っていた。自然に存在するシステムの人間による応用は、まだ始まったばかりだ。

太陽光パワーを刻印した赤い布が数十メートル倉庫に眠っている。私の過去の仕事から、自然のエネルギーに言及できる。いったん太陽光の痕跡を受けた赤い布は、新しい作品素材の候補。

Copyright Shigeko Hirakawa

太陽光による脱色、一枚の大きさ150x150cm。最大横幅は12m。Shigeko Hirakawa

 

 

クロス・ワード・パズル、「白と黒」の部屋

コンセプト:

隠された事実、言葉、意味不明。黒く塗られた公文書にヒントを得た。クロス・ワード・パズルは、一つ一つ解き明かしながら進むことから迷路の概念に通じる。隠された言葉を解き明かすことによって、意味世界へとシフトする。「見ること」から「考えること」を要求する「転換」のインスタレーションだ。クロス・ワード・パズルの規模を大きくして視覚的にインパクトを与えるものにし、パズルの選択肢を多くすることで閲覧者の参加を容易にする方向へ。

クロス・ワード・パズルを通って次にある「逆さの部屋」には、逆さになったパズルの回答がビデオの中に流れる。クロス・ワード・パズルのルールを応用。

試作 Copyright Shigeko Hirakawa Copyright Shigeko Hirakawa 平川滋子アートプロジェクト「10万年の迷路」2020

クロスワードパズル、試作 Copyright Shigeko Hirakawa

試作 Copyright Shigeko Hirakawa

クロスワードパズル、試作 Copyright Shigeko Hirakawa

試作 Copyright Shigeko Hirakawa

数多くのヴァリエーションが可能だ。また、日本語とアルファベットで作るクロスワードパズルの構成の仕方は全く異なり、したがって視覚効果も異なる。一つのクロス・ワード・パズルで何らかの概念を形成することが可能となる。概念の展開へ。  試作 Copyright Shigeko Hirakawa

青のインスタレーション

プルシャンブル―は、放射能を取り除く。除染能力はその分子構造からきている。分子構造には規則的に穴のようなくぼみができ、付着していた部分から金属イオンを切り離してその穴にを吸い込んでしまう。こうした働きをキレートという。プルシャンブル―が取り除くのはセシウム137とタリウムである。

コンセプト:

人工の色はこれまでも、太陽光で着色するフォトクロミックピグメントやフリュオレセインを作品に利用してきた。今回は「薬」として利用されるプルシャンブル―に注目。プルシャンブル―は人工的に作られた濃い群青で、北斎など浮世絵に利用されてベロアイとも呼ばれる。一方で、体内の放射能を取り除く薬としても利用されており、絵画の外の世界で用途が幅広く開発されているようだ。青のインスタレーションは最後に在って、治癒や正常化を意味する位置に置かれる。

プルシャンブルーの顔料

プルシャンブルーの分子構造。緑の球が取り込まれた放射性金属イオン(セシウム137)

Copyright Shigeko Hirakawa 平川滋子アートプロジェクト「10万年の迷路」2020

キレート構造のヴァリエーション。デッサン:Copyright Shigeko Hirakawa

Copyright Shigeko Hirakawa 平川滋子アートプロジェクト「10万年の迷路」2020

紙のモジュールで作ったプルシャンブル―の分子構造。ビー玉は吸い込まれた金属イオンの代用。紙のモジュールは故安東恭一郎氏製作。

 

野外インスタレーション「10万年の迷路」

シャルトル大聖堂の地面に石で描かれたラビラントは、一本の道をたどれば中心にたどり着くように作られていて、右に行くべきか左に行くべきかという選択を強いない迷路である。ギリシャ神話の有名な迷路、名工ダイダロスが造った脱出不可能と言われる迷宮も一本道の迷路だ。生贄に出される子供たちを食べる恐ろしい怪物ミノタウロスをこの迷路に封じ込め、アテナイのテーセウスがこれを殺すのに成功したという話で知られる。テーセウスはのちにアテナイの王となった。

コンセプト:

現在北欧では、高濃度放射性核廃棄物を地下深くに閉じ込める作業が行われ始めている。下の図は、フィンランドの核廃棄物地下貯蔵施設オンカロの建造計画図で、100年をかけて完成させるという。黄色い坑道の先には、幾筋にも核廃棄物を入れたチューブを横たえるためのトンネル(青い線)が掘られる。
果たして怪物は迷宮に閉じ込められたまま10万年ものあいだ放置できるものなのか。果たして現代のテーセウスは存在するだろうか?

オンカロの地下構造

オンカロの地下構造、2100年

10万年の迷路、フォトモンタージュ(下)

Copyright Shigeko Hirakawa

10万年の迷路、フォトモンタージュ、 Copyright Shigeko Hirakawa

 

以上が新しいプロジェクトのコンセプトの概要である。

一つ一つ制作していく段階で、作品が置かれる環境の調査(例えば、日時計の太陽の方向や影)をはじめとして、材料の選択を進めつつ、環境とそれぞれのコンセプトに見合ったスケールを決定し、予算との調整をしていく必要がある。その必要をすべてクリアしたときに作品の概要が現れ、作品が現れた時にそのインパクトも現れる。ここにまとめたあらすじは、そのための基礎段階であることを明記しておく。

Copyright 2020: Shigeko Hirakawa