La bataille de tchernobyl チェルノブイリの戦い(福島に捧げる)
La bataille de tchernobyl: Un documentaire réalisé par Thomas Johnson (94’) – Année : 2006 「ラ・バタイユ・ド・チェルノビル…チェルノブイリの戦い」 - 1時間34分ドキュメンタリー・TVフィルム、トーマス・ジョンソン監修、2006年。 注記: 以下の文章は、数分前に見た「チェルノブイリの戦い」のなかで気にかかる点をいくつか抜粋したものである。2011年は、チェルノブイリ原発事故から25周年。またこのフィルムの制作された2006年は事故から20年の区切りとなる年で、メルトアウトの危機にたいするゴルバチョフの戦いも含め、当時を振り返りまた現在を検証するフィルムとして出来上がっている。福島第一原発事故のあと、このルポルタージュはフランスで何度か再放送され、われわれの将来に向かって重要な示唆を提供し続けている。…
アクチュアリティ、チェルノブイリの石棺
チェルノブイリ原発事故から25年、放射能が漏れ続ける「石棺」- キエフでG8 : 2011年4月19日、キエフでG8と欧州連合によるチェルノブイリ・シェルター・ファンド(Chernobyl Shelter Fund、1997年設立)のためのサミットが行われた。 1986年4月に事故が起きたチェルノブイリ原発第4号機の核燃料および放射性廃棄物90トンを封じ込めるためにつくられた「石棺」にヒビがみつかり、また、石棺が4号機から少しずれて設置されていたことが検証されたことで、再び放射能漏れの拡大がヨーロッパ諸国に懸念されていた。石棺は耐久年、約30年を見込んで作られたものだが、老朽化が急速に進んでいる。古い石棺の外にさらにもう一つの石棺を建造する計画が立ちあがり、2007年欧州銀行の管理の下でフランスのブイグ社とヴァンスィ社が共同で新しい石棺建設を引き受けることが決定したが、建設費用の15億ユーロ蒐集に長いあいだ手間取っていたもの。事故25周年にあたり、今日キエフの世界各国約50名の代表を集めた大会議で、欠如していた建設費用の7億5千万ユーロのうち5億7千5百万ユーロの基金を集めることに成功した旨を会議の副議長を務めたフランソワ・フィヨン(仏首相)が発表、寄付金の目標達成に満足の意を表した。 チェルノブイリ第4号機の新しい石棺建設に、欧州連合は1億1千万ユーロを供出。フランスは最低で4千7百万ユーロを当てる予定だ。また欧州連合は、ウクライナに対しほかの4つの原発の安全対策強化を促進させるために4千8百万ユーロを寄与することが決定した。 新しい石棺はかまぼこ型で、高さ108m、重さ2万トン。4号機の脇で建設したあとスライドさせて4号機をすっぽり包む構造。建設はすでに2010年末から開始し、2015年の竣工予定。チェルノブイリの最後の炉心は2000年に閉鎖されている。 チェルノブイリ原発事故: ・人災。 ・1986年4月26日、稼働中の第4号機で操作を誤り、炉心が爆発。ウクライナ、白ロシア、ロシアを汚染。放射能の雲がヨーロッパのほぼ全域を覆った。 ・公の発表では、4号機の爆発で31人が死亡。 ・リキダター(粛清屋、あるいは片付け屋)と呼ばれる事故の収束のために原発で働いた人は、60万人。最初に到着したリキダターたちは、90秒しか現場にいられないほどの激しい放射線の中で軽微な作業服を身にまとい、建物の外へ飛び散った瓦礫をスコップでかき集めた。 ・放出した放射能で大勢の人々が病気になり死亡しているはずだが、チェルノブイリ事故が及ぼした健康への実害は25年後の今日も論議の的となっている。 ・周辺の農家の家畜は、奇形児を生んだり死産が続出。 ・チェルノブイリ原発から半径30km圏内は、放射能が土に浸み込み、現在も立ち入り禁止。 ・炉心を包むコンクリートの石棺に発見されたヒビは、現在合計100平米の大きさに広がっている。 ・原発の周辺の無人の村には、タンクやショベルカーなど、事故当時に使われた重機がいまだに高度の放射線を放ちながら打ち捨てられている。 (フランス2TV、フランス2TVブログ、Le Monde/ ル・モンド紙、フランス・アンフォ)