7月17日と18日にフランスの二つの町で二つの事件が起きた。7月17日はグルノーブルの近郊都市ビルヌーヴで、カジノを襲った数人の若い強盗団が警官隊とぶつかり、27歳の強盗の1人が撃ち殺された。逃走した仲間のグループは翌日夜、仕返しに市内に停められていた車60台に火をかけて燃やし、警察と保安機動隊をめがけて拳銃で発砲した。これら若者グループを制圧すべく、機動隊は150人を投入。追撃は明け方5時まで続き、若者5、6人が検挙された。過去、研究文化の都市といわれてきたグルノーブルであるが、近年その周辺都市が犯罪の巣窟化した現状がこの事件でクローズアップされることになった。
もうひとつの事件は、 ロワール・エ・シェール県(県庁所在地はブロワ)のサン・テニャン市で起きた。7月18日、保安機動隊のバリケードを破ろうとした22歳の若者がその場で機動隊員に射殺された。やはり翌日、殺された若者の仲間が仕返しに車5台に火をつけ、公共の建物の入り口を壊したり並木を切り倒したりするなどの暴動に近い行動に出た。事件後事情徴集を受けた殺された若者の兄は、「機動隊のバリケードを破ろうとなどしなかった。私たちはそばを通りかかっただけなのに、発砲されて弟が犠牲になった」と、機動隊の届出とはまったく食い違う陳述をした。この兄弟はいわゆる「旅行を専門とする人々」と呼ばれる放浪者たちで、強盗をしたわけでもなくまた銃器などもまったく所持していなかった。この事件で、ヨーロッパをキャンピングカーで渡り歩く「旅行を専門とする人々」のあり方が問われ始めることになった。

きょう日、定住せずあちこちに短期間住んでは移動していく民族は少数ではあるが存在する。むかしは「放浪者」といわれ、ルーマニア人であったりジプシーであったり出自はどうやら雑多ではっきりしないが「回遊手帖」という名の身分証明がわりの書類を持ってヨーロッパを流れ歩いている。「旅行を専門にする人々」とはフランスの法律で命名された呼称で、中にはフランス国籍を保持している人々も少なくないらしい。われわれの一般概念では定住することが当たり前であり、また定住することで自己の存在証明が可能となり権利も保障される。そうした大勢のなかで、かれらは定住を拒み、放浪する権利を主張しつづけている。旅行を専門にする人々の「回遊手帖」の存在は、人間が定住するかしないかは選択の問題であり、定住しないことを選ぶ権利もそれなりにあってしかるべきだというヨーロッパの方向性をさすものということができる。しかし、こうしたマイノリティは必ずといっていいほど差別にあうようだ。「何か物がなくなったとか、壊れたとかということになると、われわれがまっさきに疑われる」とは、これら旅行を専門にする人々の発言である。
この二つの事件は、機動隊が若者を射殺したことに対する警察権力への仕返し、というかたちでひどく似た事件であるが、その実グルノーブルは強盗団が犯罪を犯している最中の警察介入であり、サン・テニャンでは犯罪には程遠い丸腰の若者が射殺されるという 、根底的にまったく異なった事件であったことに注目しなければならないだろう。サン・テニャンのそれは、機動隊がバリケードを破った(?)だけの若者を射殺するという武力行使の行きすぎにもかかわらず、国は謝罪もしていない。それどころか、「旅行を専門にする人々」でフランス国籍を持っていない人々は速やかにフランス国外へ移動するよう、当局が指示を出し始めた。
これにまた拍車をかけるように、昨日サルコジ大統領がグルノーブルへ出向して演説をした。「フランス国家警察や保安機動隊に対して危害を加える外国人でフランス国籍を保持するものがあれば、それら外国人のフランス国籍を剥奪することにする」と。(どうやら、大統領がグルノーブルで演説をしたことから推して測るに、グルノーブルの犯罪者たちは外国人だったようである。)即日、この大統領演説は、あちこちに波紋を及ぼしている。フランス2テレビは早速法律専門家をニュースに招き、はたして大統領のいう国籍剥奪が合法か否かを問いただした。「フランス憲法においては、当事者の出自の如何にかわらず、外国人でもフランス人でも犯罪に対する刑罰は平等であることが規定されている。また、警察に危害を加えることが、国籍剥奪に繋がるという法律も存在しない」。なんという明解さ。

野党はサルコジ大統領の演説に対し反駁を加えたが、極右のフロン・ナショナルのジャン=マリー・ルペンは外国人追放、国籍剥奪に賛同しつつも、「サルコジ大統領は口先だけで実行が伴わない」となじった。この二つの事件は、あちこちの問題を浮き彫りにしただけではなく、サルコジ大統領に外国人の国外追放の口実を与えたようだが、国民は右派左派にかかわらずサルコジ大統領の論理の短絡に飽き飽きしているようで、これでまた支持率を下げることになるだろう。(S.H.)

1. 旅行を専門にする人々  Gens du voyage
2. 回遊手帖  Livret de circulation
3. 放浪者 あるいは流浪の民 Nomade