8月15日。日本は69年目の終戦記念日。フランスはこの日は聖母の被昇天(せいぼのひしょうてん、L’Assomption de Marie)にあたり、休日だ。カトリック教会では聖母マリアが肉体と魂を持って昇天したことを意味し、1950年からローマ教皇が宣言して教義となった。8月15日という日は、5世紀に聖母マリアを祀った最初の教会がエルサレムへの奉献をした日であるらしい。

一方で、8月15日はフランスにとっても第二次世界大戦を終了させる重要な記念日のひとつとなっている。1944年8月15日早朝、フランスを占領していたドイツ軍を押さえ込む「オペラシオン・ドラゴン」が開始された。6月6日、ノルマンディー上陸作戦で英仏海峡側の北フランスから進攻した連合軍は、一方で70日後の8月15日、南フランスのプロヴァンスへ上陸、進攻を開始した。戦艦2000隻、フランスのレジスタンス軍、イギリス軍、アメリカ軍総計26万人がテウルThéoule からロンド・レ・モールLa Londe-les-Mauresまでの25kmの海岸線に上陸した。前夜の8月14日、19時15分、ロンドンのBBCラジオが「ナンシーは肩こり」という暗号を拡散して各方面へ実行を伝え、明け方5000を超えるパラシュート部隊が舞い降りて戦いが始まり、戦闘の最前線はアゲからカヴァレールまでの70kmにも及んだという。…

この南フランス上陸を「オペラシオン(作戦)・ドラゴン」と呼ぶ。連合軍は45万人、うち25万人がフランスのレジスタンス軍。これに対する占領軍は、地中海沿岸に地雷やバラセンなどを配置して大砲550を散在させるドイツ第19師団が25万人。

フランス解放に加勢した連合軍のうち、激戦したアフリカ軍の功績は大きい。セネガル、モロッコ、太平洋方面のアンティーユなどの黒人部隊で、フランスの植民地が構成した軍隊は「B部隊」と呼ばれた。アフリカから南フランスに上陸したこれら黒人部隊は地中海方面のフランスのレジスタンスと合流し、激しい戦いの末、1944年8月末にはトゥーロンToulonとマルセイユを解放する。

連合軍の飛行機部隊が落とした爆弾は16000トン。15日の夜にはフレジュスからモールを解放。この日一日で連合軍は320人が戦死し、ドイツ軍2000人が捕虜となった。翌16日、フランス軍とB部隊がカヴァレールへ進攻し、17日にはヒットラーはドイツ軍の撤退命令を出した。

フランス・アンフォ・ラジオサイト、プロヴァンス上陸70周年記念

1944年8月15日プロヴァンス上陸からちょうど70年、フランソワ・オーランドが演説(フランスTVInfo)

・フランス3TV (プロヴァンス・アルプ地域)から 70年前の「オペラシオン・ドラゴン」

実写映像(Reportage de Jean-Manuel Bertrand)