あちこちに罅を入れたイギリスのEU脱退国民投票

 在EUのイギリス人

フランスには20万人以上のイギリス人が在住している。EU内を自由に通行できる特約でフランスに来たイギリス人(移民)たちで、ドルドーニュやリモージュを中心に、不動産を買って第二の人生を送る家族が多い。今回、EU離脱でフランスが最初に心配したのはこれらの人たちの「年金」だった。EU内での協約で、イギリスで支払った年金をフランスで受け取ることができる仕組みの中で平穏に暮らしている彼らの年金はどうなるのか。…

そればかりではない、EUメンバーであれば、国籍は問われず、メンバー国のどこにでも住めるが、イギリスのEU脱退でこの自由は棚上げになった。フランスの自分の家に住むのに、イギリスへ帰ってフランスのビザをもらわなければならなくなるのだろか。果たしてすでに、フランス国籍を取ろうというイギリス人がちらほら出てきているのである。

EU残留の方向を示すアイルランド当局には、アイルランドのパスポートを取得する人で行列ができ始めた。「EUに残って自由にあちこち行きたい」というアイルランドの血族を持ったイギリス人たちが殺到。いつもは200人程度のパスポート発行量だが、Brexitのすぐ後4000人もの申請が寄せられたという。(フランス2TV)

レイシスト犯罪急増

2016年6月23日の国民投票の結果から4日目(27日)にして、人種差別による喧嘩その他の衝突が普段より57%も増加。イスラモフォビー(イスラム教徒嫌い)の仕業と見られる器物破損なども100件以上発生しているという。

EU離脱を決定した国民投票の翌日には、ロンドン市外のリトル・ポーランドといわれるポーランド人街でイギリス人がポーランド人を罵るなどの事件がおき、レイシズムが早速表面化。きのうロンドンのポーランド文化会館のガラスというガラスにスプレーのいたずら書きが発見され、警察が調査に乗り出すなどした。6月29日、ポーランド首相がイギリス在住ポーランド人の安全に関して、キャメロン首相と電話で意見交換したと発表。キャメロン首相は、在英外国人の安全を確保するために最善の力を尽すと述べたという。(フランス2TV、Skynews)

「国民投票の前に行われた〈EUを出よう〉キャンペーンは、ほんとにネガティヴで恐ろしいものでした。〈イギリスのアイデンティティを取り戻そう〉という名目で、外国人を排斥して差別を誘発していました。国民投票がEU離脱という結果を出したことで、差別が正当化されていくのが大変心配です。こうした国粋的な動きには、断固立ち向かっていかなければなりません」」と、新しいロンドン市長のサディック・カーンが意思表示している。

〈EUを出よう〉キャンペーンを立ち上げたのは保守、労働党、UKIP(右翼政党イギリス独立党)で、EUを離脱すれば、ほかの国のためにイギリスが供出しているお金をとりもどし、国民の福祉に還元できるとして、「毎週、3億5千万ポンドを皆さんに」という標語をロンドン名物の赤い二階建てバスの横に大々的に書いて走らせた。ところが、国民投票の翌日、TV番組に呼ばれたUKIPのナイジェル・ファラジは、「キャンペーンで約束した3億5千ポンドは本当に国民健康福祉に?」という質問に、「それは知らない、何かの間違いだろう」と答えて、司会者を愕然とさせたのである(嘘の公約で投票を誘導したのか?)。

〈EUを出よう〉キャンペーンのもうひとつの目玉は、EU内からイギリスへ入ってくる移民を制御する、という点である。これに関しても反対派の保守の欧州議員ダニエル・ハナンがBBCの番組で、「BrexitのあともEU内を自由に仕事をして回れる」し、「移民の数を制限するなんて、われわれのうち誰一人言ってはいません」と断言した。「移民が入ってこなくなることを期待して投票した人はがっかりしたかもしれないが、われわれの目的はただ独立した権力を獲得することだった」とも。(7sur7.be)

「Brexitの後も、今までと変わらず自由にEU内で仕事ができるし、移動もできる」とは、元ロンドン市長のボリス・ジョンソンの言でもある。EUとの関係を変えずに、EUから独立するなどという虫のいいはなしが本当に通用するのだろうか?

脱退を急かすEU首脳陣とスコットランドの立場

「国民投票の結果が出たからには、イギリスはただちにEU脱退の手続きをとり、詳細の交渉に入ってほしい」というのは、フランスのオランド大統領。「EUの協定で約束する人間の通行の自由、商品の流通の自由、など、共同で決定したEU圏の自由の恩恵にはもう浴することはできない」。

またドイツのメルケル首相も同様にこの火曜、「もうEUへの義務を履行せずともよい代わりに、EUの特権を利用することはできなくなる」とイギリスに言い渡した。

キャメロン首相は、EU離脱の結果を見た後すぐに、首相辞任ならびに首相交代を10月にすると発表したが、EUから「時間がかかりすぎ」と即座にクレームがつけられ、新首相の決定を9月上旬に前倒しした。まったく青天の霹靂のように意に反したEU脱退の準備などはもちろん微塵もしていないキャメロン首相は、脱退の手続きは一切せず、次期首相にすべて任せる方針だ。

一方、選挙前に実行のできない政策を唱えてうろたえる無策のEU脱退派の滑稽さは、2、3日前のEU会議にUKIPのナイジェル・ファラジが出席したことで上塗りされてしまった。「EUから離脱して独立執政をするといっていた私が正しかったことが、国民投票で証明された」と演説した後、席をひきついだフランスの欧州議員に、「脱退を決めたのに、まだEU会議に出ているとは驚きだ。どっちにしてもこれがあなたにとっては最後の会議だ」といわれ、満場が拍手するという事態が起きたのだ。

29日、次期首相選出へ向けて立候補が始まった。6月30日の今日、次期首相の最有力候補と目されていた元ロンドン市長ボリス・ジョンソンが、立候補をしないと記者会見で発表して、周囲を驚かせた。EU離脱推進キャンペーンの中心人物であり国民投票の勝利者であるにもかかわらず、開票翌日、EU残留票が多かったロンドンで市民から非難轟々のブーイングを受けて、問題の大きさを自覚したことによるものか。

こうしたEUとイギリスの状況に際し、EUへ残るほうへ投票をしたスコットランドの立場は微妙である。スコットランドの首相は国民投票後直ちに会見し、EUへのラブコールを送った。イギリス国会においても毎日行われるスコットランドの議員たちの熱烈なEU残留の意思表示は、ある程度EUへ伝わったようではあるが、これが受け入れられるとは限らない。

スコットランドとアイルランドはイギリスに反してEU残留意向だが、これがたとえばEUから認められた場合には、連合王国がすぐにでも分裂の危機に瀕するだろう。また一方で、EUの中には、スコットランドの意向を汲んで残留を認めるのを拒否したい首脳がいる。たとえばカタラニアやバスクを抱合するスペインがそうである。

スコットランドにしてみれば、イギリスを取るかヨーロッパを取るか。EUにしてみれば、イギリスの分裂を誘発するか、あるいは分裂を押しとどめてデモクラシーに抵触するか。イギリスのEUとの交渉は自国の分裂の危機を孕んで、複雑を極めそうだ。

〈スコットランド首相ニコラ・スタージョンの演説〉


〈スコットランド欧州議員のEU会議におけるEUラブコール〉

〈キャメロン首相演説〉

 現実

EU協定の「人間の自由な通行」を利用してすでに大量のヨーロッパ人が自国以外の国で生活を営んでいる。

イギリスにはフランス人も多く住む。「イギリスに家を買ったばかりですが、今回のBrexitでポンドが急に値下がりをしました。イギリスが外国人の在留にビザなどを課したり、労働許可を課したりするようになると生活が大変になるけれど、かといって、家を売却してフランスに帰ることもできない。同じ値段で売れても、対ユーロでこれだけ価値が下がってしまっては、売ることもできません。イギリスに閉じ込められたも同然です」というロンドンのフランス人の若者。

そうした人たちの生活を脅かすイギリスの金融。「さっき換金をして600ユーロは返ってくるだろうと思っていたのに、400ユーロにしかならなかった。仕方が無いですよね」とは、パリを旅行中のイギリス人。国民投票の開票時から前代未聞の急落が始まったのには世界中が注目した。EU脱退の場合はイギリス金融も下がるだろうという見通しははなからついていたにもかかわらず、1985年以来見たことが無いというその下落振りは世界金融を震撼している。6月27日早速のように、スタンダード&プアーズがそれまでのイギリスの格付けAAA(トリプルA)を一挙にAAに格下げした。

Leave campaign〈EUを出よう〉キャンペーンで言われた「毎週3億5千万ポンドを福祉に」、「給料が1000ポンド上がるかも」は、イギリス金融の格下げ以上に信用を失墜した。

欺かれた国民たちは二度目の国民投票を要求して立ち上がり、請願書に3百万人以上が署名している。

イギリスは移民を受け入れるだけではなく、ほかの国に受け入れてもらっているイギリス人移民がいる。こんなメッセージがポーランドから:「イギリスからの移民、大歓迎です」(Facebook)。

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My opinion: まさかのイギリスのEU脱退は、どうやら後戻りがきかない状況で進んでいるようだ。国民投票を提案した張本人のキャメロン首相が負けた。EUに残りたいほうへ投票したアイルランド、スコットランド、そしてロンドンの抵抗がどういう形で実を結ぶのか。また、EUとの関係をどう繋げていくのか、すべては次期首相が決めることになる。

いったいBrexitで「勝ったのは誰なのか?」

不意に手を離して落とした瀬戸物のようにあちこちが割れ、罅が入って取り返しがつかないことになっただけのように見える投票から一週間後の今日である。

(S.H.)

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Link:

http://www.7sur7.be/7s7/fr/1505/Monde/article/detail/2775654/2016/06/28/Les-Brexiters-pris-au-piege-de-leurs-promesses.dhtml

http://www.lemonde.fr/referendum-sur-le-brexit/article/2016/06/28/brexit-l-inquietante-impreparation-du-vainqueur-boris-johnson_4959301_4872498.html

http://www.lemonde.fr/idees/article/2016/06/28/l-europe-existe-les-anglais-l-ont-rencontree_4959533_3232.html?

http://www.lemonde.fr/idees/article/2016/06/28/l-europe-existe-les-anglais-l-ont-rencontree_4959533_3232.html#G60KzVQEzpiqvoZZ.99utm

http://www.liberation.fr/planete/2016/06/27/londres-parti-pour-rester_1462481?utm_campaign=Echobox&utm_medium=Social&utm_source=Facebook#link_time=1467057446

http://www.lemonde.fr/referendum-sur-le-brexit/article/2016/06/26/ecosse-un-nouveau-referendum-sur-l-independance-est-hautement-probable_4958365_4872498.html?utm

http://tempsreel.nouvelobs.com/brexit/20160624.OBS3283/brexit-oui-le-royaume-uni-est-mort-ce-matin.html