フランソワ・オーランドは大統領当選直後の2012年6月、尊厳死についての法案化を目的とした研究の責任者としてディディエ・シカール医学博士を任命した。安楽死は時代や世代を越えた普遍的な課題で、今回はじめて大統領が直接エキスパートを指名し、国が責任の所在を明らかにすべく、医療と政治および司法、そして道徳を結ぶ研究を委託したかたちだ。…

尊厳死(あるいは安楽死)に関して、隣国スイスでは国が認めた協会のアシスタンスにより、例えば末期がんの患者などで自分の命を絶ちたいと願う場合、点滴に薬剤を混ぜ、患者自身が点滴の弁を開いて死期を早める、いわゆる自殺補助が認められており、年間平均約300人がこうした自殺補助による尊厳死で亡くなっている。「母は末期がんでしたが、私のそばで自分の命を自分で絶ちたいと願いました。私はだいぶ戸惑いましたが、母の意思を遂行してあげてほんとうに良かったと思います」と医療機関の協力を得て、納得のいく尊厳死で母を送った娘が言った。

フランスの場合は、これまで病院や家族任せで、安楽死に関する責任の所在はまったく明確ではなかった。
指名から6ヵ月後の12月18日、練成されたシカール報告書が完成し、オーランド大統領へ直接手渡しされた。

「安楽死というのは、患者の人工呼吸装置を止めたり、食物を与えるのをやめたり、治療をやめたりして、患者が徐々に死んでいくのを家族や医師団や、また周りで世話をするものが非常に苦しい時間をすごしながら死ぬまで見守らざるをえないような処置のことをさすのではありません」とシカール博士は言う。すでにフランスには、医療処置にかんし、見込みのない患者の延命処置として苦しい投薬や手術などの身体的かつ精神的な無駄な負担となる過剰治療を無理強いしてはならないという法律があるが、こうした法律が患者間でもまた医療関係者のあいだでもあまり知られていないことも今回改めて指摘されることになった。

医療機関の自殺補助というかたちでの安楽死について、シカール報告書を基にして国立倫理諮問委員会で審議される尊厳死法案は、2013年春に国民議会に法案として提出される予定だ。(フランス2TV)

 

(BENOIT TESSIER / AFP)

Le professeur Didier Sicard a remis hier matin son rapport au chef de l’état François Hollande, à l’élysée:

エリゼ宮でオーランド大統領に報告書を手渡すディディエ・シカール医学博士。(写真、La Croix

 

My opinion: 大統領の直接指名で選ばれたシカール医学博士は、報告書の提出のおり、やはり直接大統領とこの件についての対話をしている。人間の尊厳やら権利やら、また文化やら、という大事な場面で、大統領が直接エキスパートを指名する姿は、ミッテランのときにも見た。例えば、ルーブル美術館のピラミッドを創ったアメリカの建築家ペイの指名もそうだった。ルーブル美術館の形は、パリのかたちであり文化への入り口の形であり、ひいては世界中に向けての大統領の肝いりのフランスの顔となった。
安楽死は死ぬ人間の個人のチョイスの問題だが、いずれどのような形か知らないが誰もが死ぬことが決まっているから、国民全体の問題といっても過言ではない部分ということができる。そうした死の問題も、家族や関係者のあいだだけに沈殿していくような暗闇の部分のなかに放っておくわけにはいかない。国としては、生きている間の権利を守るのも国家なら、死ぬときの人間の権利と尊厳を保障するのも国だろう、という判断。シカール博士が言うとおり、死んでいく人間の周辺で見守る人々の精神的負担を軽減する法律を補填することで心の中に悔悟を残さないで済むのならそれに越したことはない。

シカール博士は現代アートにも造詣が深く、私は仕事の関係で1986年にシカール博士に出会う僥倖を得ている。(S.H.)